佐藤江梨子、面白かった。
新郎が錦野旦に見える。
で、遙さんが更新されてた。
しかもモナの話題w
不倫処理に見える企業倫理
報道番組のキャスターが野球選手と不倫したとされ、責任をとって番組をとりあえずは降板した。
この一連の展開を裏付け、私たちがある種の納得をする背景に“倫理”というものがある。この倫理がある以上、守られるべきは家庭であり夫婦で、それを侵す独身女性のほうに非が偏りがちだ。
今回のケースでは男性は髪を切ることで世間に謝意を表明した。なら、女性だって髪を切って番組に出続けたらいいと、私なんかは思ってしまう。
それ以降のメディアでの解説では、もっぱら、その女性の性癖や酒癖みたいなものに帰着され、我々が共有する倫理を疑うところまでには至らない。
なぜ、野球選手が2軍に落ちず、キャスターが降板したか。職業がもつ社会的意味合いからか。なら、なぜ、このキャスターの一度目の不倫発覚の相手男性が議員であった時には、その意味合いにおいての処遇が機能しなかったのか。
キャスターはしょせん一企業が決めた人事だが、議員は国民の代表として職につく。倫理を犯した社会的罪を考えると、どちらが制裁されるべきかは言うまでもない。
つまり、どんな職業であろうが、この手の問題で罰せられるのは女性のほうだ、ということになる。
しかし、考えてみれば独身女性はあくまで誰にも拘束されない自由な立場なはずだ。それに比べ、既婚男性は、自らの意思と法律において、拘束された立場にある。倫理が、人としてまっとうな生き方を指すのなら、制裁されるべきは男性のはずだ。
ところがこの社会は男性に甘い。どれほど女性の地位が上がったとおだてられようが、こういう時に、この社会の本音がポロと出る。
男性は性衝動を抑止できない生き物で、女性は自由な性衝動で生きてはいけない生き物であるという、これぞ、ダブルスタンダード。これがある以上、どんな性犯罪でも男性はある種の免罪符を持ち、誘った女が悪い、となる。
男性と女性に、性別でもってそれぞれに意味合いをつけ、社会的位置まで分け隔てしてしまうのが、ジェンダー。いや、こんな女性学の勉強をするつもりではなく、つまり、男女共同参画社会やら、法制度やらがどれほど平等を掲げようが、それとは別のところで、我々の倫理は存在するということなのだ。
それが偏っているからといって、独身女性は自らの自由を振りかざし、倫理そのものを破壊しようとしているのではない。単に、男性もある性衝動というものが、女性にもあるということで、また、男性が倫理を犯すのと同様、女性も犯してしまうということにすぎない。 性欲も罪も男女同じ。だが異なる処罰に偏った倫理がある。
子が親を殺すといった事件が頻発するなど、現実社会がどれほど倫理の危機を迎えていようが、まだ、我々は強固な倫理観念に縛られて生きている。
結婚したら浮気はしてはいけない、というのもそのひとつ。そのルールを、我々はそれがいかに実現困難かを知っていても、建前としてそこにすがって生きているのだ。
そして、このルールを固持する生き方を選んだ女性もいる。誓いの言葉に自分を託した女性の生き方だ。独身という生き方も自由なら、ルールを固持する生き方も自由選択だ。つまり、どちらも自由に、生き方を自らが選んだわけで、互いに他者の信じたものを壊す権利はない。
結婚を信じない自由もあるが、結婚を信じる自由だって尊重されるべきなのだ。ルールを犯した結果、あっちこっちに迷惑はかけただろうが、もっとも傷つけたのは、ルールを信じ託した女性、つまり妻であることの視座は忘れてはいけない。
独身女性は自分の責任において、自由に遊べばいいと思う。だが、そのことで誰かを傷つけてしまったときに、とるべき言動があるのではないか。
つまりは、「自分はあなたの夫から誘われたのではない。誘ったのは私のほうだ。あなたの夫は悪くない」。それを、男性のためではなく、なおもルールを信じて生きようとする女性のために言い放つことはできないものか。
「私なら、世間に謝らない。妻にだけ謝る」と私は言った。不倫ごときで職を辞さねば治まりがつかないほど右往左往する企業に、私なら謝罪したくない。
「私なら、ぜんぶ私が悪い、と言う」と女友達が言った。
どちらも働く独身女性だ。
どちらも一見、男性擁護のコメントに見えるが、その配慮は妻に向けてのみある。
降板したキャスターは、「男性からしつこく誘われた」とメディアにコメント発表した。そのキャスターは、不倫なんかより、その言葉の持つ破壊力を自覚していない。
最近、みずほ銀行のトップも不倫写真を撮られた。さてこのケース、社会はどういう制裁でもってこれを終わらせるのだろう。
うーん。
微妙な点が多々ある。
降板についてだけど、
モナが二岡に誘われたという主張を通した場合に、
どんな番組でも降板させられてたかと考えれば
それは違うようにも思うんだよねぇ。
やっぱり報道番組ってのは大きいと思う。
そして二岡の妻に配慮して本当に二岡に誘われたんだとしても
私が誘ったと言うべきだってあるんだけど、
それもそれでおかしくない?と思うわけ。
遙さん達の主張からすれば、
男と女だとか旦那と妻だとかそういう差は考えないんじゃないの?
二岡の奥さんには気の毒だけど、
本当に二岡が誘ったならモナはそう言えばいいと思う。
なんかよくわからない。



彼女が師事したと自称している上野千鶴子は随分しなやかで強かで戦略的なフェミニストなので、どこの何を上野千鶴子から学んだのかなぁ、と、遙洋子の言動を見るたびに思います。
上野千鶴子を売名に利用しているだけなんじゃないの、と思っているくらい。
おそらく遙洋子は、戦略もない直感で是非を決める、旧態依然なフェミニストなんだと思います。自分の言動のポジションも確認もできていない。
それが「だから女はなぁ〜」とオトコに言われる足がかりで、上野千鶴子が決してしない失策なんですが、遙洋子はそのことがわかっていない。
遙洋子は、直感を理屈にして満足しているだけで、その権威づけに東大・上野千鶴子を利用していんじゃないのかなぁ。
その程度。
上野さんって方、
迷惑してるかもしれませんね。
佐藤江梨子、意外と良い人そうだよね。